院長自己紹介
仕事へのこだわり と 開業への歩み
改めまして。 大澤 豪 ( おおさわ ごう ) と申します。
唐突ですが、『人が笑顔になるのって、なんだか楽しい!』 ・・・この感情が私の原点です。
幼い頃、両親に頼まれよく おつかい や お手伝い をしていました。 ただし、最初は “ お駄賃 ” 欲しさにでしたが ( 笑 )。 中でも、お気に入りだったのが 「 肩たたき 」。それはお駄賃の他に 『 じょうず! 』 『 気持ちいい! 』 『 ありがとう! 』 のおまけがついてきたから。
1 回 10 円 のお小遣い稼ぎは、いつしか 「 ほめられること 」→ 「 人に喜んでもらえると自分もうれしい 」 に変わり、そして 「 自分ができる、ひとに喜んでもらえることって何? 」 の行動探しにつながっていきました。
ご来院の皆さんのため、守るべき家族のため、そして己のため、常にこの原点は忘れずにありたいと思っています。

■1962年(寅年)5月2日、東京都中野区生まれ。
■おうし座 A型 家内と娘2人の4人家族
■性格:
前向き=明るく、引きずらない。
熱くなり易いが、過ぎたことは根に持たない。
几帳面=但し、変な細かさ + 妙な大ざっぱさの両面を持つ。
凝り性 =こだわりを持って熱中するものには妥協を知らない。
大人気ない=未だ娘2人と菓子やTVの取り合いで本気になる。
■趣味:考えること、ジョギング&トレーニング、映画鑑賞、部屋の模様替え
◇ 幼少期、幼稚園で2回、小学校で3回の転勤を経験。 正直、当時は友人と仲良くなってもすぐ転校の繰り返しがイヤで、『 オレは将来、絶対転勤のない仕事にする! 』 と、小学4年生時点で心に誓うほど、銀行員という父の仕事が嫌いでしたが、今では、その結果どんな環境にもすぐ馴染めるようにしてもらえたのだ、と感謝しています。
その後中学から高校までは部活(サッカー)だけに没頭してまともに勉強せず、案の定浪人生活へ。カラダを動かしたい → 運動を教えたい という流れで大学へ入学はしたものの、入学時に目指していた体育教師への路は2回生であっさり放棄。更には卒業単位が足りず留年までした親不孝ものでした。

◇ちょうど世はバブル景気へ。そんな私でも大学のネームバリューで卒業後一般企業に無事就職できた訳ですが、社会はそんなに甘くはありません。日々の過酷さと自身の弱さに体調をガタガタに崩してしまいます。しかし、この経験で “ カラダへのこだわり ” に再びスイッチが入り、スポーツクラブの仕事へ転職することで、ようやく自身の原点に戻ることができました。
幼少期に「 肩たたき 」で得た想いにたち返ろう。 → カラダというキーワードで自分が活かせることは何? → 健康づくりのお手伝いで生活するには? → 人を健康=笑顔にして感謝され、対価をいただける楽しい仕事とは? ・・・と、現在の仕事へのスタートラインへつながったのです。
◇ 当時はインストラクターの仕事以外にも、会社が力を入れていた少年サッカー事業を担当、その運営業務を通して「 地域に密着した健康づくり 」の意味と大切さを、十数年間様々に勉強させてもらいました。 しかし、ここでまた悪い虫がうずき始めます。
確かに仕事は充実し、それなりの高給も得ていたのですが、管理職となったり、部署が異動したりと、次第に現場から遠ざかることに納得いかなくなる自分がおり、『 この仕事でなくても、世の人の健康維持管理に、生涯現役で携わリ続けられ仕事がある! 』 と、ついに家族の反対も押し切りって、現在の仕事への軌道修正を告げました。
まったくの自分本位でしたが、最終的には私の背中を押してくれた家内や娘たちには本当に感謝しています。
◇ 想いを実現すべく、カイロプラクティックの学校へ。 在籍中から港区白金台の治療院で臨床経験を積み、2007年3月に念願の独立開業ができました。
ここ調布市仙川の街を選んだのは、子供の頃から慣れ親しんだ地のかかりつけ院として定着、どう機能・
貢献できるかを、残る人生を賭けて取組みたい、との気持ちからです。
皆さんのつらい表情が晴れ、笑顔でお帰りになる瞬間が、
私にとってもこの上ない喜びのとき。
施術を通して、どれだけ多くの方を笑顔に変えられるかを課題に、
これからも日々皆さんをお迎えしていく所存です。
前向きなあなたの健康づくりを、いつも応援しています。
2007年 3月吉日 re-chiropractic 院長 大澤 豪


