こんにちは。アールイ-カイロ院長、大澤です。
今日からスタートの本コラムは、私の自分史、体験・経験・知識をベースに進みます。 長年自身のカラダを張って手に入れてきた、あくまで“独断情報”ですので、読者の皆さんが吟味していただくことで、「自ら健康維持管理に積極的・前向きに取り組む」ためのヒント、参考になれば幸いです。
初回は、自身の健康維持管理、カラダへにこだわり始めたきっかけについて・・・。
皆さんにとっての“カラダに良いこと”は何ですか?
“何かカラダのために続けてること”ありますか?
“カラダの不具合を通じて得た教訓”ってありますか?
私がこれまでの人生で最も長く続けているのが、ジョギング。
「人に前を走られるのがイヤ!」当時の単純な思いから、 現在も“走り続ける自分”がスタートしました。
・・・もっとも今は良くも悪くもマイペース、他人との競争は嫌いですが。
その1 「目覚め」・・・なぜ走り続ける?
『おいおい、サッカー部! ペース調整にならんから、そんなにけしかけるなよ!』
私の健康=運動への自覚は、高校時代に遡ります。当時はやたらと競争心(闘争心?)が先行する血気盛んな御年頃。また、人に走りで負けることが大嫌いだったもので、公道練習で脇を疾走する陸上部の面々を目にしても、それこそ敵意むき出しで対抗、よく陸上部の顧問に叱られましたっけ。
高校時代の1500m走記録
1年時/4分44秒 2年時/4分35秒 3年時/4分27秒
意外と走れる自分を意識してから、早30年にもなりますか。サッカー自体はあまりセンスもなく、パッとした成績も残せず終いでしたが、「走る」ことはとにかく大好き。部の練習や合宿でも、ボールを使う練習より、いつも気合い入れてましたね。
『先生はなんで走ってるんですか?』『きつくないですか??』『飽きません???』 ・・・時々ご質問いただきます。
1)カラダを動かせること、走れること自体がうれしいから。
2)一人であれこれ考えながら、頭を整理できる時間・空間がほしいから。
3)外に出ることでリフレッシュでき、季節の移り変わりを肌で感じられるから。
4)仕事柄、やっぱり体調管理・体力維持が必要だから。
これが答えです。
これは高校当時から今も全く同じ感覚ですが、とにかく“うれしくて気持ちいい!”から。私にとっての“快”はカラダを動かすこと、動かせること。今後度々触れさせていただく、カラダにとっての “快原則” がここにあります。
その2 「後悔」から学んだこと
『だからあん時こうしときゃ良かったのに!』・・・おそらく人の数倍多く、この感情を抱いて現在の自分があります。
・・・実は、走り続けている訳がもうひとつあるのです。
話しは戻って、忘れもしない高校3年の東京都予選。王者帝京高校との試合を2日後に控えての練習中、ゴールキーパーと接触して、左太腿を筋断裂!
幸い入院やギプスには至らなかったものの、直後は痛みでまともに歩くことすら出来ず。正直焦りましたし、試合はダメかなと諦めかけた反面、『絶対治す!』痛み止めのため患部に薬を塗り込み、マッサージや低周波、アイシングにテーピング・・・etc、知識もろくにないまま、思いつく全てをひたすら繰り返して何とか出場はできました。
・・・しかし、試合は惨敗。
今でも忘れられないのが、ケガした当日に監督に言われた一言。 『おい大澤、少しでも心臓上げとけよ!』
今でも後悔しているのが、これに従わなかった自分の判断。
試合までの2日間、練習は走れず動けずで、ほぼ見学状態。 もうお分かりと思いますが、監督が言いたかったのは、「痛みは何とか出来ても、心肺機能は丸2日も動かなきゃ落ちてしまう」ということ。その場での私は、痛みの緩和ばかりに気を取られて、ほとんど心臓に負荷をかける練習をしなかったんですね。
・・・結果はご想像通り。試合でまともに走れたのはわずかに前半20分程度、足の痛みより心臓が付いていかず、チームに迷惑をかけることとなりました。
トラウマ、とまでは言いませんが、この体験は、現在も自分の「走り」へのこだわり=「心肺機能は全ての身体活動の源」、という考え方の礎となっています。
そして、後に皆さんの健康維持管理という職業に私を導き、「普通に生活できること」、「カラダが自分の意思通りに動かせること」の有難さを文字通り “痛感” させてくれた出来事なのです。
2007年6月 大澤


